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2008年07月06日

一流の誇り

20080706.jpg日比谷へ行く用事あり、じゃあ、せっかくだからペニンシュラホテルにでも行ってみようかと、地下のカフェで待ち合わせをすることになりました。
香港のペニンシュラには大きなショッピングモールが入っていて、買い物にだけ行ったことがあるのですが、東京のペニンシュラに行くのは初めてです。
東京は香港に比べると規模は小さいものの、きらびらやかな概観と、落ち着いた雰囲気はさすが!
外国人のお客さまがけっこう多いようです。


1階のロビーラウンジのカフェとは別に、地下にもチョコレート、ケーキ、パン、紅茶などのショップと一緒になったカジュアルなカフェがあります。
私の方が先に着いたので、待ち合わせである旨を告げると、入口が見える位置の席に案内されました。
メニューを持ってきたギャルソンが
「お待ち合わせの方がいらっしゃってからご注文なさいますか?
 それとも先にお召し上がりになりますか?」
と聞いてくれて、

 そうか、そんな案もアリなんだ。

と思ったものの、先に注文することに。
カプチーノを頼んで携帯を確認したりしていると、先程のギャルソンとは別の、もう少し上の立場のマネージャー?かと思われる男性が、

「よろしければ、こちらをどうぞ」
と、1冊の雑誌を持ってきてくれました。

 はぁ〜 雑誌まで貸してくれるんだ。。

と思って開くと、なんと全部英語!
世界のペニンシュラホテルの紹介雑誌で、まるでファッション誌の「ヴォーグ」みたいな作りです。
当然ながら内容は全くわかりませんが、雰囲気としては格好良いし、なんとなくセレブ気分というのはこういう事か〜などと思ってペラペラめくり、それなりに楽しませていただきました。


そうこうしているうちに、立派なオリジナルマグカップに入ったカプチーノが運ばれてきました。
小さな小さなオレンジパウンドケーキがついています。
もちろん、味は文句無し。
飲みながらしばらく待っていると、待ち合わせの相方が
「今、日比谷駅に着いた」とメールしてきました。
ホテルは地下鉄駅からも直結しているので、もうすぐ来るなぁと開閉式のガラス扉の向こうを眺めていると、彼がこっちへ向かっているのが見えました。
わかったかな?と思い、ちょっと手を挙げかけた所で、彼は私に気付かず、何故か店の前を通り過ぎ、違う方向へ歩いて行ってしまったのです!
あれれ、店の入口付近がチョコレート売り場だったから、その奥がカフェだとわからなかったかな〜と思っていると、なんと彼が通り過ぎた直後、カフェのギャルソンがガラス扉を開けて店を飛び出し、彼を追いかけて行ったのです!
呆然とそれを見ていると、しばらくしてギャルソンと彼が一緒に店に戻って来ました。


そうです。
ギャルソンは、待ち合わせ相手が私に気付かずに通り過ぎてしまったのを見て、呼びに行ってくれたのです。
私は相手がどんな人だとか一言もお店の人に話してはいませんし、お店の人に困った顔をしてみせた訳でもありません。
彼に手を振ろうと”テーブルからちょっと右手を挙げかけた”だけ...
それだけで、店を飛び出して連れてきてくれるなんて、あっぱれとしか言い様がありません。
きっと、テーブル毎に担当ギャルソンが決まっていて、お客さんのことをよーく見てるんでしょう。
それを実にさり気なく、当たり前のようにやってしまう所に、ホテルマンとしての格の高さを見た気がしました。


席に着いた彼に聞くと、
カフェは見えたけれど、光線の加減で私の姿はちょうど見えなかったので、もしかして同じフロアに他にもカフェらしき店があるのか確かめてこようと思ったとのこと。
店を通り過ぎて歩いていったら行き止まりになったので、戻ろうと振り返った所でギャルソンに声を掛けられたのだそうです。


噂には聞いてはいたけれど、接客サービスは本当に一流でした。
館内はどこもピカピカ、案内もスマート、従業員は誰もが話す声の大きさもスピードも歯切れもちょうどよく、謙譲語・丁寧語・尊敬語すべてが完璧。おつりのお札までもが手が切れそうな新札で、1杯1500円のカプチーノでもしょうがないかな...と思ってしまいました(^^;)。


先日、東急百貨店の本店に行った際にも、ちょっと驚いたことがありました。
多めの買い物をして、それらをラッピングしてもらわなければならなかったので、店員さんが
「お包みに少々お時間をいただきますので、
 もし他にお買い物がございましたら、そちらをお済ませになっている間にご用意しておくことでもできますが、
 どうなさいますか」
と聞いてくれました。
ちょうど化粧品を買いたかった私は、
「あ、じゃあ1階で化粧品を見たいので、それから受け取りに来ます」
と(そんなことまで言わなくても良かったんですが)、思い浮かんだままにそう答えたのです。
すると、
「では、1階のクロークにお荷物をお廻ししておきましょうか」
と言われたのです。

  は? クローク?

咄嗟のことに、すぐには理解できずに一瞬固まる私。
今、居るフロアは6階です。
1階で買い物をしているなら、ラッピングが終わったら1階のクロークまで店の者が持って行くので、帰りにわざわざ6階まで来なくても1階で受け取れますよ、ということのようです。


しかし、デパートでクロークなんて利用したことがありません。
だいたい、クロークなんて何処にあるの??
そんなサービスがあることすら、初めて知りました。
こんな時ばかり小心者の私は、なんとなく申し訳ないような気がして、
次の瞬間、
「いえいえ、6階まで受け取りに来ます!」
と答えていました(頼めばよかった...トホホ)。
 
ホテルもデパートも、色々なサービスがあるんですね。
めったにデパートで買い物なんてしないけど、やっぱり違うんだな〜と感心してしまいました。
それをうまく活用できるようになってこそ、上客ということでしょうか。


接客態度ももちろんですが、私は人の言葉遣いが気になる方なので、ホテルマンやデパートの店員さんの綺麗な日本語にはいつもウットリし、それだけで気分が良くなってしまいます。
普段、おかしな接客日本語にイラッとしたとしても、自分だって完璧ではないし、そうそう指摘する訳にもいきません。
でも、自分ではそれほどとは思っていなくても、たまにきちんとした言葉遣いを聞くとすがすがしい気分が全身を通り抜けていくので、実はけっこうストレスなのだとわかります。


例えば、スーパーやドラッグストアのレジなどでよく聞かれる
「これ、一緒に入れちゃって、だいじょーぶですかね?」
...この日本語には毎回、憂鬱にさせられます。
食べ物と掃除用品を一緒の袋に入れたら良くないだろうと気遣ってくれるのは有り難いし、熱意は認めるのですが、友達じゃないんですから!
「こちらもご一緒してよろしいでしょうか?」「同じ袋でもよろしいですか?」
と言うのが、接客業としては普通ではないでしょうか。


「駐車券は大丈夫ですか?」
というのも、ガックリくる一言です。
私の駐車券は、どこか体調でも悪いのでしょうか。
「駐車券のご利用はございますか?」
と言ってくれたら、気持ち良いのになぁ。。


飲食店で唐突に
「お飲物はお茶でよろしかったでしょうか」
というのも、過去形にすれば丁寧になると思っている誤解が横行している証拠です。
最近、これは聞き慣れてしまって来ましたが、本来なら
「お飲物はお茶でよろしいでしょうか」ですよね。
さっき「お茶で」と言われたような気がしたけど、水が良いって言われたっけ?どっちだったかな?確認してみよう...ということで、
「お飲物はお茶でよろしかったでしょうか」
と言うならわかりますが、こういう使い方は、もはやされていないようです。
「大丈夫ですか」と「〜でよろしかったでしょうか」の乱用は、もう誰にも止められないのでしょう。


他にもあります。
いつだったかファミレスで、家族で食事の後に話をしていると、コップのお水が少なくなったのを見て、注いでくれようとしたウェイトレスの女性が唐突に私のコップを掴み、
「お水を汲ませていただきますっ!」
そして全員の水をドーッと注いで行ったことがあり、一同唖然。
私たちは馬ですか...??
気持ちも一生懸命さもよくわかるけれど、こういう時は
「失礼致します」
と言って、そっと水を注いで行けば、それで良いのではないでしょうか。


でもこれは「若い人はなっとらん」「常識がない」という問題じゃないと思います。
おばさんでもおじさんでも、おかしな日本語の人はたくさんいますし、たぶん知らないだけなのです。
決して乱暴だとか無愛想だとかではなく、当の本人は一生懸命、親切丁寧にしているつもりなのですから、とてももったいない気がします。
ペニンシュラのギャルソンも東急本店の店員さんも若い人でしたので、ちゃんと教えさえすれば、誰でもきちんとした話し方も接客もできるのです。
要は教育なのだろうなと思います。
あとは、自分の仕事に誇りを持っているかどうか、でしょうね。


そして、私もいい大人なんだから、時には客として高くてもちゃんとした所に行って、接客のプロに対応してもらうというのも必要なんだなぁと思いました。
そういう場所に身を置くと、自分も「きちんとしなくちゃ」と襟を正して、イヤでも背筋が伸びますからね(笑)。

普段はカジュアルで気取らない気さくなお店がいいけれど、たまには自分への投資をしよう〜と思った出来事でした。

[photo data]
Olympus E-410 ZUIKO DIGITAL ED25mm F2.8
ISO400 F2.8 1/160 +1.3ev 25mm

2008年06月18日

モデル撮影会へ行く。

20080618.jpg「人を撮る」撮影会へ行ってきました。
以前に参加したオリンパス主催 女性限定講座「PhotoRouge」のモデル撮影バージョンです。


これまで私が被写体にできたのは花とか、小物とか、風景とか...
自ら動かず、時間がかかっても文句を言わないで、いくらでも付き合ってくれるモデルだけだったのですが、やっぱりせっかくなら一眼レフで人も撮ってみたいですよね。
まずは家族をモデルに何回か練習はしましたが、うーん。。やっぱり何かコツがあるはず。
今回の講師はポートレートを専門にしている女性カメラマン村尾昌美氏。楽しみに当日に臨みました。


会場は、都内の元・小学校です。
少子化で廃校になった小学校を、地域の文化活動や一般に貸し出すレンタルスペースとして活用しているとのことで、他にも様々な人々が利用していました。
校庭では何かのドラマのロケなのか、運動会のシーンの撮影が行われていましたし、私達の隣の教室からは
「我々は、光を求めて行〜く〜の〜だ〜〜〜♪」
という男女の混声合唱のような歌が時折、突然に聴こえてきて、何?!とギョッとすることもしばしば。
後で廊下を歩きながら隣の教室の中をチラ見したら、ダンボールで作ったと思われる鎧のようなものを着た人々が集まって、台本を手に手に熱心に練習中。どうも芝居の稽古のようです。
または子育て中の親子のふれ合いスペースや、定年後のおじさま達の集う新聞閲覧&コーヒー休憩室ありと、賑やかなのです。
そんな中、私たちは講師、アシスタント、モデル、スタッフ(オリンパスのスタッフ1名のみ男性)を含め女ばかり20数人のカメラ団体。
ハタから見たら、うちも充分「あの人たち、何?」状態ですけどね。


ここの学校は大都会の真ん中なので、廻りは住宅や高層ビル、マンションが立ち並びます。
「くれぐれも校舎から外を撮らないように」
と、まず注意を受けます。
まぁ、私達は女性ばかりなので、そんなには怪しくないかとは思いますが、超望遠レンズで外を撮っていたら盗撮か?と誤解を招きかねませんので...ということでした(笑)。


教室で簡単なカメラ操作の説明の後、早速、次回の講評会に出す作品の形式が発表されました。
それが、なんと...組写真だったのです。
モデルの入ったショット2枚と、イメージショット1枚の3枚を組み合わせ、ストーリーを作って組写真として提出する...って、初心者なのに?! けっこう難しいお題が出たのですよ。
ということは、最初からある程度考えて撮らないと、後でとっても困ることになります。
そうはいっても、本格的に人を撮るのは初めての私(他の人も、大多数はそう)。
そんなことにまで頭がまわるかしら??と思いながらも、とにかくやるしかありません。
オタオタしながらも、一眼レフが初めての人と、ある程度は使える人の2グループに別れ、モデルを撮る時間と、イメージフォトを撮る時間を交互にしながらの撮影がスタートしたのでした。


私は一応「ある程度は使える人のグループ」になったので、最初にモデルさんを撮影することになりました。
モデルさんに教室の窓辺に立ってもらって、いざ始めると...かなりの逆光に苦戦です。
とにかく撮りまくる私達に講師は、
「ほら、逆光よ! 補正、補正!」
「同じ方からばかり撮らないで、動くのよ〜」
「全体ばっかりじゃなくて、目のアップとか撮ってみたら?」
「高い位置から撮るのもアリよ」
「モデルさん、今度これ持ってもらおうか」
「ポーズに指示をだしてね〜 どんどん言っていいのよ〜」
と、さかんに呼び掛けます。
それに応えつつ、頑張る私達。。


ある程度撮ったところで、レンタルで頼んでいた小さなレンズに交換しようとしていたら、
「それじゃなくて、これがいいわよ。使ってみて」
と、講師が差出したのは、50-200mm F2.8-3.5(注釈*1)の超望遠大型レンズ!
「こ...こんな大きなので撮るんですかぁ?」
置いてあったのは見たけれど、誰が使うのかな〜なんて思っていた私は、仰天。
この小さなカメラに、付くんですかね...と思ってしまうほどのデカさですが、当然ながらちゃんと付くんですね。
しかし、重い(920グラム)!! 
カメラの先に、1リットルのペットボトルをくっつけて持ち上げてみぃ!と言われてる感じです。
まるでバズーカ砲のようなカメラをヨタヨタしながら構えて、明るさの設定をしてから撮ってみたら...

  すごい!

なんて良く撮れるんでしょーっ!!
何が違うのかわからないけど、現実として画が違うのはわかります。
「私、写真うまくなった??」という感じです。
やっぱりレンズが違うと違うんだ!と密かに感動しながら、そりゃあそうだよなぁ〜
ボーカルのエフェクターをWavesに変えた時、
「私、歌うまくなった??」と思った(笑)あの感じと同じです。


しかし、きっと高いレンズだろうし、どんなに良く撮れたとしても、こんな大きなレンズを持って歩くことには耐えられそうにありません。
レースクィーンやコンパニオンを撮っているカメラ小僧が持ってるような、あんなレンズなんですが、そのくらいポートレートに心血注げれば話は別として、今の私が自分でこのレンズを買うことはないでしょうね...
ということで、今日しっかり使わせてもらおう!と、俄然、張り切ったのでした。


実は今回、愛用カメラE-410は家でお留守番。
カメラも、発売になったばかりの新機種E-520をレンタルしました。
というのも、410には手ブレ補正がついていないので、補正の付いた1ランク上の機種を使ってみたかったのです。
手ブレ補正というのは、一般のコンパクトデジカメにはみんな付いているし、最近のデジタル一眼レフにも、たいていは付いています。
私が410を買った時は、
「手ブレなんかしないから、手ブレ補正なんかいらない」
と、なぜか強気で決めたのですが、とんでもない!ブレまくりです。
今までブレなかったのは、補正のおかげだったんだと、はじめてわかったのですが、時すでに遅し。
練習すればブレなくなりますけど、撮る時に呼吸を瞬間的に止めるので、長時間撮るとちょっと疲れます。
思った通り、手ブレ補正のついた520は断然使い易く、410よりは大きくなるけど持ち手のグリップ部分がとても持ち易く、最新機種だけあって、他にも色々進化していて、

  なんて使い易いの〜〜!! これ欲し〜っ

と、感動するほどでした。


レンズは他にも35-100mm F2.0(注釈*2)の望遠も使いました。
こちらの方が見た目は小さいのですが、実はもっと重くて、1650gあります。
今回、このレンズが一番良かった気がしましたが、帰ってきてから調べたら、お値段なんと35万円!!
...やっぱり、明るいレンズは高い=良いんだよなぁ。。


それと、大人気で品薄状態が続く25mmF2.8のパンケ−キレンズ。
これを装着すると、私の410は世界最少最軽量の「明るいレンズとの組み合わせデジタル一眼レフ」になるのです! 見た目もかわいいし、何より軽くて小さくてお散歩カメラには最適最強!
一度使ってみないことにはな〜と思っていたのでレンタル予約をしていたのですが、想像以上に良かったので、帰宅後に注文しちゃいました。単焦点(ズームではない)レンズは、見たままに撮れるし、自分が寄ったり引いたりしながる撮るのも楽しいんです。


そして今回、とても驚いたのは、モデルさんのプロっぷりです。
今まで一般素人しか撮影したことのない私でも、それなりの写真が撮れるのは、7割は彼女のおかげです(残り2割がレンズ、1割が自分のカメラ設定でしょうか)。

具体的にプロモデルの何がすごいかと言うと...
まず、まばたきしない。
ファインダーを覗いてから、シャッターを切るまでの間、まばたきをしないで待っていてくれるのです。普通、どんなに気をつけたつもりでも、
「あれ、半目になちゃった」「変な顔してる時に撮ちゃった」
ってことがありますよね。でも、それがナイのです。
シャッター音がすると、彼女はすばやくまばたきをして、また次のシャッター音まで待っている...最初は気がつかなかったけど、他の人が撮影している時にモデルさんを見ていたら、ちゃんとそうなっていました。
そしてまばたき同様、シャッターを切るまでの間、体も動きません。
動いている姿を撮る場合は別ですが、撮るまでキチッと止まっていてくれるのです。
しかも「姿勢悪いから、もっと胸張って」とか、基本的なことを言ったりしないでOKというのは、当たり前のようでいて、プロならではでしょう。
しかも、撮られるのは正面からだけではありません。一度に360度から大勢に撮られることもある訳で、どこからでも変な写真にならない表情とポーズをするというのは、かなり大変なことだと思います。


そして、1ショット毎に表情をつけてくれます。
一度シャッターを切ると、次の瞬間に違うポーズ、または違う表情をしてくれるので、連写しない限り、同じような写真がいっぱい続く...ということになりません。シャッターを押す数だけ、色々な写真が撮れるのです。
もちろん、こちらの指示にもすぐに反応。
指示以上の表情とポーズをしてくれるので、下手に言わない方がいいんじゃないかと思ったほどです。

撮られていない時は、普通の可愛い女のコなのに、仕事になるとオーラが出るというか、やっぱり違います。たまには変な顔になっちゃったりしないのかな〜と思いましたが、それもナイ。
今回、1対1で指示を出しながら撮影するというのもやったのですが、カメラ目線なんて、凄いです。女の私でもドキドキしちゃうくらい(笑)で、他の人も「こっち見られると緊張しちゃいますね〜」と口々に言っていました。
男性が女性モデル撮影会に通うのも、なんとなくわかる気がしました。

...という訳で、下手なテニスも、相手がうまいとそれなりに続くように、未熟なカメラマンも、プロのモデルさんだと何とかなるのです。
と同時に「モデルって可愛いだけじゃないんだな」と、つくづく思ったのでした。。


そして、今回大変だったのは、光の調整。
撮影場所が教室、廊下、屋上と3カ所もあり、場所によっては光源も変わるし、たとえ同じ場所でもカメラを向けた方向によって光量がぜんぜん違うので、その度の補正に苦戦しました。
ちょっと日が翳っただけでも、すぐに変わってしまうんですよね...でも、良い練習になりました。
まぁ、何はともあれ、まずは撮ってみるという実践の場を提供してもらえるのはありがたいことです。
講座自体は、2回(1会回目が撮影、2回目が講評)完結のため、基本的な操作のみの説明で、撮影のコツというのは、そんなには教えてはもらう時間がなく、それがちょっと残念だったかな。。
でも、具体的に聞けば色々教えてくださるので、私は「暗めのライブハウスでミュージシャンを撮る」コツ等も個人的に教えてもらいました。しかしながら、やっぱりカメラの固定やRAWデータ処理など、プラスαのことをしなければいけないこともわかったので、それは徐々に頑張って行こうかと思います。


さて、組写真には頭を痛めている最中ではありますが、とりあえず、この撮影会で撮った1枚をUPです。
写真は機材や設定もさることながら、まずは被写体選びや構図が大事だなと、今回も感じました。
とはいえ、最初から最後までほとんど設定を変えずに撮ってしまった最初の撮影会よりは、進歩したかと(笑)。

約2時間で撮った総枚数、410枚!
あっと言う間の1日でした。

[photo data]
Olympus E-520 ZUIKO DIGITAL ED50-200mm F2.8-3.5
ISO400 F3.2 1/160 +1.0ev 83mm
モデル:夏実かほ  撮影:柳沢暁子

(注釈*1)
オリンパスE-3、410、420、510、520はフォーサーズシステムのため、35mm判換算では画角は倍になります。フォーサーズ25mm=35mm判換算50mm。

(注釈*2)
F値とは、レンズの明るさを示す値。数字が小さくなるほど明るく、ボケ感を生かした綺麗な写真が撮れます。女性が好きなポストカード的写真は、F1.4のレンズで撮影されていることが多いです。

2008年06月12日

恋愛体質

20080611.jpg恋人がいない期間がほとんどない、という友人が何人かいます。
別れても、またすぐに好きな人が現われて、自ら告白し、これまたすぐに上手く行くのです。
でもそれは決して無理矢理にでもなく、遊びでもなく、そしてモテ自慢でもなく、いつも真剣に真摯に考えての行動なので、話を聞いていても厭な感じはまったくしません。
ただ純粋に「すごいな〜」と思って、私まで元気になるのです。


彼女たちに共通するのは、明るくて積極的、同性の友人も多く、その同性から見ても愛らしい性格。
そして必然的に、見た目も雰囲気もかわいらしい。
やっぱり、笑顔は何にも勝るってことですね。
恋する女性はやっぱり綺麗だし、恋は心のテンションを上げる最大の手段だなと改めて思います。


詩曲を書いていると、
「これは実話ですか?」「体験談ですか?」
と聞かれることがよくあります。
「幸せな歌ばっかりですね」「ごちそうさま〜って感じですね」
とも言われますが、いえいえ、そうじゃないんです!
内容はもちろん事実もあるし、そうじゃない事もあります。
人によるとは思いますが、全部ノンフィクションというのは、なかなか...そこまでさらけ出すのは勇気がいりますよね。
歌は、違う自分になれるのが、魅力でもありますから。
それに悲しい歌って、私は本当に泣けてしまうので、歌うのがツライのです。歌い手が泣いちゃダメなんですけどね。


でも。
10代の頃など、若い時はわりと勢いで書けたことが、今はちょっと躊躇するというのもあるし、その逆もあるし、日本語はストレートに人の心に入って行くので、だんだん年齢を重ねて行くと、恋愛の歌を作って歌うことが、こっぱずかしく感じることがあるのは事実です。
そんな時に、ある知人から
「年齢が行くと、恋愛の歌じゃなくて、環境問題とか自然を歌う曲を作るようになる」
という話を聞いて、愕然。

  確かに、そうかも...

もちろん、大人になって地球規模に目が向くようになって、というのもあると思いますが、これって、それだけじゃない気もするのです。
たぶん色々と恋愛沙汰を経験した結果、今さら恥ずかしくて...ということもあるのでは?


しかし、ちょっと考えてみると、
ドリカムの吉田美和や竹内まりや、松田聖子だって、今でも思いっきり恋愛の歌を歌ってますよね。
それを聞いても、別に何の不自然さも感じない。
大人の女性が、恋愛を歌っても別に変じゃないよね?と思わせてくれるのはプロの為せる業か??
そうだとしても、恥ずかしいなんて、自意識過剰かもしれないと思えてもくるのです。
そして、彼女たちを観ていると、

  私もまだ当分、恋愛の歌を作って歌おうっと。

と、力強く思うのでした。

恋愛の達人である友人たちの話を聞いて一緒に胸ときめかせるひとときは、柔らかい気持ちを失わないでいるための貴重な時間でもあったりします。
そして目下の疑問が1つ。

  すでに彼女が居る人を好きになってしまった時は、どうするのか?

達人たちは、そういう人は、そもそも好きにならないのかな〜
かく言う我が家には
「恋人がいる人を奪っても、廻り廻って結局は自分もいつか捨てられる。
 だから恋人がすでにいる人はやめた方がよい」
という家訓があった(笑)ので、私の場合、恋人が居る人は自動的に恋愛対象外になっていたのですが、好きになってしまってから恋人が居るとわかった時には、どうするんだろう??と、最近ふと思ったのです。
素敵な人って、たいていは独り身じゃないですよね。彼女が居ないと、逆にどうしていないんだろう?何かあるのかな?とか思ってしまったりして(笑)。
別れたばっかりとか、そうそうタイミング良く出会うとも限らないですし...


今度、達人の秘訣をちょっと聞いてみようと思っています。
次回生まれ変わった時、前世の記憶の片鱗が、来世の私のどこかに残っているかもしれないし?!
あ、もちろん、作詞の糧のためにも。

2008年06月09日

20080609.jpg1度ホタルを観てみたい。
でも、いったいどこに行けば観られるんだろう?と思っていたら...
なんと、我が家の裏手の公園の川に、ゲンジボタルが棲息しているというではないですか!
まさに灯台元暗し。ぜんぜん知りませんでした。
一応、我が家は東京都内です。

どうも今年から「ホタルの夕べ実行委員会」なるものが地元の方々で結成されたらしく、突然のPR開始。ポスターが貼られ、チラシが配られ、開催イベントがあり、駅から道案内の看板が並び...えらい変わりようです。
その甲斐あって、私も生まれて初めてホタルを観ることができました。


テレビやアニメーションのホタルのイメージしかなかった私は、ホタルというのは、ボーッと光りながらフワ〜ッと飛び交うものだと思っていたのですが、実際のホタルの光はもっとシャキーンとして力強く、何も知らずに観たら、クリスマス・イルミネーションの電球かな?と思うほどに黄金色でクッキリしたものでした。
そして、その光はまるで呼吸をするかのようにゆっくりと点滅し、会話をしているかの如く、他のホタルと光り合うのです。
一斉に光っていたかと思うと、しばらくしてお休み状態になったり、1匹で悠々と飛んでいるのがいたり、紫陽花の葉に2匹留まってゆっくり点滅していたり、川辺の岩の上で静かに光ったり。
綺麗なのはもちろんですが、ホタルの動きは予測がつかず、観ていて全然飽きません。
川辺からかなり高めの木の枝まで、想像以上に広い範囲を飛び交っていました。
乱舞とまではいかないまでも、多い所では20数匹が光り合い、思わずうっとりと見とれてしまいました。
捕まえられそうなくらいにすぐ近くまで飛んで来るのもいて、そばで観たら、けっこう小さいんですよ。
コガネ虫くらいに、もっと大きいかと思っていたら、大型の蠅くらいしかないのにはびっくり。
あんなに小さな体で光るなんて、本当に命がけですね。


帰ってきてから調べたら、ゲンジボタルの成虫は15ミリ。
そして東日本のゲンジボタルは4秒に1回点滅し(西日本は2秒に1回)、点滅のパターンで他のホタルと種類を区別しているそうです。
オスもメスも両方が発光し、勝手きままに光るのではなく、呼応しあって光ります。
また、オスの方が光る範囲が広く(光が大きい)、飛びながら光るオスに対し、メスは岩の上など地上からそれに応えて光るのだとか。
なるほど〜 うんうん、本当にそうなってました。


ホタルの光は、幻想的というよりも、私にはむしろ現実的に思えました。
小さな自然が、あれだけの光を放つという、そのパワーに圧倒されます。
あのアピール力を見習いたいです。。


ホタルを撮るのはいかんせん初心者の私には難しいので、写真はあきらめましたが、何人か大型望遠レンズに三脚という重装備で頑張っているおじさま達に出会いました。
デジカメや携帯で撮っている人もいましたが、フラッシュ焚かれちゃったりして、それじゃ写らないでしょう?!
ホタルは、この目でしっかり観るのが一番です!


とにもかくにも、一度は観たいものベスト3の1つの、ホタルが観られて満足でした。
あとの2つは、鵜飼いと、鯨(ホエールウォッチング)!
こればっかりは、近所という訳にはいかないですが、いつか必ず叶えたいと思います。

2008年06月01日

発表会終了

20080601.jpg昨夜、無事発表会が終了しました。
雨女の私のせいで(^^;)あいにくのお天気でしたが、満員御礼・大盛況!
出演者、お客さま共に楽しんでいただけたようで本当によかったです。


今年はMC(曲間のお喋り)を入れて3曲歌唱で1人20分という、ミニライブのような形式で行いましたので、生徒さんたちの苦労も努力も練習量もかなりのものだったと思います。
でもその甲斐あって、ただの1人も歌詞が飛ぶこともなく、言いよどむこともなく、全員が生き生きとその実力を発揮していらっしゃいました。
自分の生徒さんを誉めるのは手前味噌ではありますが、私は傍らで、1人1人のパフォーマンスに感動しておりました。
歌にはその人の「人となり」が出るんですよね。
それがとても良い味を出していて、音楽の原点というか「良い歌とは何か」を改めて教えてもらったような気がします。


今回、会場で行ったアンケートにも、お客さまの多くが丁寧にお答えくださって、感謝です。
次回にはその声も生かし、さらに充実した発表会になるようにしたいと思います。

そしてとにかく、皆さんお疲れさまでした。
また次なるステップを目指して一緒に歩んでいきましょう〜!

2008年05月26日

大きな手

20080526.jpg私は手が大きい方です。
同じくらいの女性もわりといらっしゃいますが、これ以上大きいという人には、ほとんど会ったことがありません...

具体的には、左右の手とも、広げると親指の先から小指の先まで直線で20センチ。
これはピアノの鍵盤でいうと、ドからオクタ−ブ上のドを越えて、その隣のレまで余裕で届く長さです。
さすがにド〜ミは無理ですが、たぶん身長170センチ前後の平均的な男性の手ぐらいはあるんじゃないでしょうか。


なので、ギターを弾いているのを観たお客さまからも、
「手、大きいですね〜」
と、よく驚かれることがあります。


本当は小さい手の方が女性としては可愛いんだろうなと思いますが、とりあえずは楽器演奏に有利ではあるので、私の場合は両親には感謝しましょう(笑)。
でも、手が大きいからといって、上手に弾けるとは限らないのが難しいところ!
要は使い方の問題なので、大きけりゃ良いというものでもないのです。

よって、ギターを始めようかな...と考えている女性から、
「手が小さいんですが、弾けるでしょうか」
と聞かれると、私はいつも
「手の大きさは、関係ないです」
と答えています。
デカ手の私が言うのは説得力がない?!かもしれませんが...
うーん、でも手の小さな人で、ギターが素晴らしく上手な方々はたくさんいらっしゃいますし、極端に小さい場合は別ですが、おそらくピアノでオクターブが届けば(これで、だいたい16センチ)、ボサノバを弾くのには問題ないと思います。


ジャズピアニストの綾戸智恵さんは、手が小さくてピアノのオクターブが届かないのだそうです。
それでクラシックを諦めて、ジャズへ転向したそうですが、そんなことは微塵も感じさせないほどの見事な弾きっぷりですよね。
ギターも、リュート時代の曲や、もともとピアノ曲だったものをギター用にアレンジしたクラシック曲は難しいので、残念ながら突き詰めるところ手が大きくないと弾きにくい...という壁にぶち当たることはあるかもしれません。

でも、ボサノバはジャズと同じように、自分でバッキングをアレンジすることができるのです!
どうにもこうにも届かない!ところは、届くようにコードを変更すればOK。
しかしそれよりも、ちゃんと練習すれば、ボサで手が届かないコードというのは、たぶん...無いです。
だから、女性の小さめの手でも大丈夫なんですよ。


他にも、「握力がないから」という理由を挙げる方も時々いらっしゃるのですが、基本的にギターに握力も関係ありません。
男性が、独学でなんとかギターを弾いてしまう方が多いのは、大きな手と豊富な握力の為せる業だと私は思っていますが、それに頼ってしまうことが無理を重ねることに繋がって、手を傷めるなどの問題を招くことも時にはあります。
小さい手の方は、頼るものがない分、手や指の使い方を工夫すれば良いのです。
そして、それが結果的に上達への近道になったりするので、一概に手の大きさの良し悪しとは言えないな〜と思います。


体が大きい方がよく声が出るとか、若くないと上達しないとか、そんなの関係ないっていうのは気休めだとか...(笑)
色々な見解があるかとは思います。
でも、結局は「自らに制約を設けない人が上手くなる」のではないでしょうか。
自分ではどうすることもできない体型や年齢を理由にあきらめてしまうのは、もったいないですよね。


私が今まで師事したり、現在も師事している音楽の女性師匠たちは、私よりも小柄だったり、2まわり近く小さな手の方ばかりですが、私なんぞが一生かかっても到達できないような素晴らしい技術を持っていらっしゃいます。
そんな師匠を前にして、「できない」なんて口が裂けても言えない(笑)!
ということで、このデカ手を存分に生かせるように、しっかり精進したいと思うのでした。


2008年05月09日

体の使い方

20080507.jpg今までのブログ記事の中で一番反響の大きかったのは、2006年7月に掲載した「左手生活」です。
これは、私が石灰沈着性手首関節炎になった時のことを書いた話なのですが、かれこれもうすぐ2年にもなるのに、今も月に数回は「この病院を教えて」というメッセージをいただきます。
あまりに多いので、すべてUPはせずに直接お返事していましたが、今月を機にお返事するのを止めることにしました。


なぜって、意地悪じゃありませんよ(笑)。
すでにブログを書いた当時からかなりの年月が経っていて、私はそれきり、もう通院していませんし、この病院が今も適切な治療を行っているのかもわかりませんし、私の主治医だった医師が今も診察しているのかもわかりません。
未確認な情報を無責任に提供するのは、どうかな...というのと、もう1つの大きな理由は、
「病院を教えることが、根本的な解決にはならない」と思ったからです。


石灰沈着性の関節炎は、手首や肩などの関節付近によく起こる、反復性の高い症状です。
「これといった原因はなく、体質による」と言われます。
でも私は、今はもう完全に症状が出なくなりました。
それは「体質が変わった」から?? 
いえいえ、そうではありません。
「体の使い方を変えた」からです。

当時の私には、病院へ行くほどではないものも含めた体の痛みが、手首以外にもいくつか起った事がありました。
それは、もうさほど重要視しなくなっていたり、あきらめていたり、そんなもんだと思っていたり、良い時と良くない時があったり...
でも、やっぱり痛くない方が良いに決まっています。
だから何とかしたくて、色々と勉強し、情報を探しまくったのです。


そして辿り着いたのが「ボディ・マッピング」でした。
これは、人間の体の構造を正しく学び、構造に反した使い方をやめて、機能的に体を使えるようにするという画期的な内容でした。
そして文献を読むほどに、この考え方は、武術(柔道、剣道、合気道、馬術など)やリハビリ等の場で使われている考え方とまったく同じであることがわかりました。
武術は、ひとたび間違えると怪我をしますよね。
リハビリは、故障からの復帰... 体の機能を取り戻したり、それ以上痛めないようにするためのものです。
普段の生活では、武術や怪我などの極端な体の状態になるようなことはしませんが、実はそういう普通の人ほど、間違った体の使い方をしている可能性が高いのです。
その小さな積み重ねが、実は怖いのですよ。
実際に症状に出た時は、かなり慢性化しているので、本人もつらいし、治りにくいのです。


例えば、これは私がギターの生徒さんによくする話ですが、
手(指も含む)は、親指ではなく小指が主導で動くようになっています。
   は?? 
と思われる方も多いでしょうけど、まぁ、簡単なことなので聞いてくださいね。
何か物を手全体で握る時、親指&人差し指側から指を握っていくのと、小指側から握っていくのでは、手の使い方は明らかに違います。
ゴルフのグリップは、小指側から握って...と言いますよね。
テニスのグリップもそうですね。
親指&人差し指側から握って行くと、手首も腕もよく動かず、スポーツでは怪我をします。
ギターでは怪我まではいきませんけど、ひどくなれば腱鞘炎になりますし、何よりも上達しません。
このように、「どうやって体は動くようにできているのか?」ということを理論的に学ぶのが「ボディ・マッピング」なのです。


そして、手だけ学んでも、意味はありません。
体全体の総合作用を理解する必要があります。
ちょっと解剖学みたいな感じなのですが、決して難しくはないんですよ。
本を読んで、「そもそも私は、体の使い方が間違っていたんだ...!」と気が付いた私は、
生活の全てにおいて自分の体の使い方を改めることにしました。
体は本当に奇跡の如くによく出来ていて、それを理解・実践するのはとても楽しく、
日々の生活上での自分の行動を注意深く観察して、研究して、直して、そして気がつくと...
手首の痛みも、他の症状もまったく起らなくなりました。
(思い起こせば、この関節炎のきっかけはペンの持ち方の悪さだったようで、今も私は文字を書く時には特に注意しています。不思議とギターを弾くのには影響はなかったのですが、悪化すれば弾けなくなっていたかも...!)


よって、私の関節炎が治ったのは、病院のおかげではありません。
こんなことを書くと医師に申し訳ないようですが(苦笑)、結局、関節炎を治すのは自分なのです。
(自分のせいじゃない関節の病気もありますので、その線引きは必ず医師に判断してもらってください)
もちろん、急性の痛みを取り除き、注意を促してくれた医師にはとても感謝しています。
でも、その後をどうするか...繰り返すのか、完治させるのかは、自分次第なのです。

いくら注射や薬で症状が楽になっても、それは単に薬の力の一時的な現象です。
関節炎が起こるような体の使い方を続けていたら、薬剤が切れれば、また同じ様に同じ場所に炎症が起こります。
それから、よく言われる「無理をしたから痛くなった」「頑張りすぎて痛めた」は、大きな間違いです。
もともと、体は使い過ぎても壊れないように、痛まないようにできているのだそうですよ。
普通の人では想像もつかないようなトレーニングを重ねるプロのアスリートや、難しい業を極める職人さんたちは、無理をしていないのでしょうか? なるべく体を動かさないように休み休み生活しているのでしょうか? 
...そんなことありませんよね。
ちょっと使いすぎて痛くなってしまうようだったら、あなたは一生、自分の動作に制限を設けて生きていかなくてはなりません。そんなの、イヤですよね。
しばらく休めば当然、その時は良くなりますが、間違った動きを始めれば、元の木阿弥です。
だから、「体を痛めないように体を動かす」ことが大切なのです。


ということで、急性期のひどい症状は、注射や薬で抑えた方が後の治りは早いので有効ではありますが、
根本的な原因が改善されない限りは、完治はあり得ません。
どんなに良い医者に診てもらっても、どんなに良い薬があっても、残念ながら解決はしないのです。
いくら頑張って海を綺麗にしようと浜辺のゴミを拾っても、川の上流でゴミや汚水の不法投棄が慢性的に続いていたら、どんなに掃除をしても無駄なのと同じです。


これといった原因の見つからない関節炎でお悩みの方は、ぜひ自分の体の使い方を根本から見直してみてください。
あなたがツライのは、そこ1カ所だけではありませんよね?
他にも、痛みがあったり、不快な場所があるはずです。
みんな原因は同じかもしれませんよ。


今まで何十年としてきた事を変えるのは、とても根気のいることですが、それで炎症の苦しみから解放されるんですから、決してそれは苦しいことではないですよ。
もう遅い、なんてこともありません。いつからでも始められます。
「ボディ・マッピング」は、「アレキサンダー・テクニーク」とセットになって論じられるもので、関連書籍はたくさん出ていますので、探してみてください。
これに限らず、武術など体全体を使う術を習っても良いでしょうし、体の構造を熟知しているスポーツインストラクターに相談するのも有効でしょう。
悩める皆さんに、1日も早く痛みのない日々がやって来ますように。


2008年05月05日

たんでぃがーたんでぃー

20080504.jpg連休前半に、宮古島へ行ってきました。
山がないので川がなく、赤土の流失や生活排水が流れ込むことの少ない宮古の海は、透明度が抜群に高いと聞いてはいたものの...その美しさは例えようのないほど!
太陽に照らされた海は、水深によって鮮やかなブルーからグリーンへとグラデーションになり、一番浅い場所はついに透明となって、海上の船はまるで宙に浮いているかのように見えます。
東洋一美しいといわれる前浜ビーチ(写真)は、波打ち際まで魚が泳ぎ、これが自然のものとはにわかに信じ難いほどの風景でした。


自然を満喫となると、肝心なのはお天気です。
あいにく、私が到着した日の午後はバケツの水をひっくり返したような大雨が降っていて、空港からホテルまでレンタカーで通った道がどこなのかよく判らない程でした。
このままずっと雨だったらどうしよう...と心配したのもつかの間、翌日の予報は雨だったのに、翌朝カーテンを明けると、空はケロッと晴れているではありませんか(笑)。
良くも悪くも島の天気は大変変わりやすく、本当に天気予報はぜんぜん当たらないのです。
宮古は梅雨でも1日中雨ということはないそうで、地元の方は自分で空を見て、風を読んで判断しているようです。
私が滞在中に、後から到着した宿泊客とエレベーターなどで一緒になると、彼らは決まって
 「予報では雨だって言うてたけど、ぜんぜん晴れとるやんけ?」
 「晴れるって言ってたのに、降ってるねぇ...」
などと、実際の天気とのギャップに目を白黒させていました。


東京のように予報はほぼ当たり、1日中ほとんど天気が変わらないような地域から来ると、その時々に一喜一憂してしまうのですが、そんなことではいけないのですね。
結局、今回のお天気は2勝2敗...といったところ。
全部が快晴ではなかったのですが、全部晴れだったら遊び過ぎて体力が持たなかったであろうとも思うので、ちょうど良かったでしょう(苦笑)。
曇りでも雨でも海は綺麗ですが、キラキラ度はやっぱり違うので、快晴が理想ですけどね。
「地元でずっと海の仕事をしていても、やっぱり晴れるとテンション上がりますよ!」
と、シュノーケルのガイドさんも言っていました。

海の綺麗な宮古には、たくさんのダイビングとシュノーケルのスポットがあります。
私はシュノーケルが大好きなので、今回は新城(あらぐすく)と八重干瀬(やびじ)へ行ってきました。
新城では、カラフルな小魚から体長30センチはあろう大物までが悠々と泳ぐ海で、様々な珊瑚やシャコ貝などを観てきました。
八重干瀬では、珊瑚にもたれて休んでいた海亀にも会うことができました。
そして海の中の素晴らしさはもちろんのこと、何よりもすごいのは、海の表面の色がこの世のものとは思えないような色...深い所は濃い青、底が珊瑚の所はエメラルドグリーン、浅くて底が岩盤になっている所は宝石のペリドット(蛍光緑)色をしていることです。
そういう場所が南北約10キロ、東西約6.5キロに渡って広がって点在していて、その中をボートで移動しながら、幾つかのポイントで海に入ります。
海って、こんなに色々な色をしてるんだ... ちょっと怖いくらいの自然の姿でした。


しかし、5月の海は、まだ寒かった!
真冬でもダイバーは潜りますし、普通の人は平気みたいですが、私は他の人よりも体が冷えるのが早いので、ちょっと厳しかったです。
いつもガイドさん曰く「脂肪が少なそうだからね〜」だそうですが、私のような人は、船が沈没したらまっ先に死ぬタイプですね(苦笑)。
だいたい50分くらい泳いでいると、ウェットスーツを着ていても体が芯から冷えてしまって、手の指先が痺れて、そのうち感覚がなくなり、それを越すと体がガタガタ震えてきます。
シュノーケルは、1本約60分程度が目安になっているようですが、あともう1歩の10分に、どうしてもついて行けないのです。
よって、いつも少し先に上がったり、3本入る所を2本にしたり...と、寂しい思いをするのでありました。
でも、それでも海に入りたい!
そこで私が立てた計画は...

  ◎行く時期を、もっと水温の高い7月〜にする。
   →気温が高ければ、海から上がった後に体が温まり、回復できるので。
  ◎温かいお茶の入ったマイ魔法瓶を持参する。
   →自販機やホテルでも温かい飲料は売っていないし、
    ボートにはたいてい、冷たい飲み物しかないのです。
  ◎体が芯から冷えないうちに、次に備えて早めに上がる。
   →単純に、1回の入海時間を短くすれば、本数入れますよね。
    欲張らずに30〜40分で上がれば、体温の回復が早いはずです。

次回はこれらを実行してみよう!と意気込んでいます。
船酔いはしない体質がせめてもの救いですが、自分の体力の乏しさを痛感するのでありました。
水中でも貼れるカイロとか、あったらいいのにな〜!!

それにしても、自然の中へ行くと、日頃使っていない五感が刺激されるのを実感します。
  今朝の風は東から吹いているから天気は回復する... 
  もうすぐあの雲が来るからかなり雨が降る...
そんなことを考えて暮らすことなんて皆無だということの方が、本当はおかしいのかもしれない。
たった数日居るだけでも、海と風と光を頼りに、何かを掴もうと本能は動くのですよ。
島の人がのんびりしているのは、数時間先の天気のように、どうなるかわからないようなことに振り回されていたって仕方がないという、日々日常からの為せる業なのかもしれません。
  良い事も、悪い事も、ずっとは続かない。
  いつも時間は動いていて、大切なのは今。
なんだか禅の教えみたいですが、そんなことに気付かせてもらったような気がします。

タイトルの「たんでぃがーたんでぃー」は、宮古の方言で「ありがとう」の意味です。
覚えられそうで覚えられない方言が、たくさんありました。
島らっきょう、もずく、海ぶどう、アーサ、アロエ、紅いも... 美味しい食材もめいっぱい満喫。
日の出と共に起き、海の色で深さを計り、潮の匂いを感じて、1日に数時間泳ぎ、満点の星空を仰いで眠る...
いつも、のんびりしようと思って海へ行くのに、気が付くとめいっぱい動き廻ってしまう貧乏性の私ですが、それもまた島のパワーですね。
さて、今週からまた頑張るぞ〜

2008年04月10日

アサイー

20080410.jpg♪アサイ〜
...というジャヴァンの曲にでも出てくるアサイーは、ブラジルの果物です。
先日、ふらっと立寄った渋谷のナチュラルローソンで、なんとアサイーのドリンクを発見!

日本ではまだ認知度が低いものの、ブラジルではアサイーはとってもポピュラーです。
栄養価が高いので、リオではバールで朝食代わりに食べる人をよく見かけました。
「飲む」ではなく「食べる」と書いたのは、ブラジルでは冷凍したアサイーをミキサーで撹拌してフラペチーノ状態にし、それに牛乳をかけてスプーンで食べることが多いからです。
ちょうどシリアルみたいな感じですね。
アサイー自体にはあまり味がない?とかで、バールでも好みでバナナやイチゴ、マンゴーなどを一緒にミキサーにかけてもらえます。
さすがにこの食べ方は日本では定着しないでしょうけれど、これがけっこう美味しいんです。


ナチュラルローソンは普通のコンビニと品揃えがちょっと違うとはいえ、まさかここでアサイーに巡り合えるとは!
沖縄のメーカーの100%マンゴージュース(那覇空港などで買える、現地メーカー製品)を買おうと握りしめていたくせに、アサイーを見つけてあっさり心変わりしました。
お値段は確か280円くらい?
マンゴーミックス、ベリーミックス、アサイーだけのもの(とは言っても、たぶんバナナは入ってる)、と3種類も置いてありました。
販売元は「フルッタ フルッタ」というブラジルの果物輸入販売メーカーなので、味は本物です。
ボトルもブラジルで売っているような、ずんぐりした形で、かわいいんですよ。
たぶんラベルだけ日本仕様になっていて、他は現地と同じものなんじゃないかな〜と思います。


さて、肝心のお味の方ですが...
例えようがないんですよね。相性の良いバナナやヨーグルトが一緒に入っていることが多く、そっちの味しかしないというか...
喉越しはトロッとしているけど、味は”薄めのチョコバナナヨーグルトドリンク”という感じでしょうか。
美味しさを追求したら、沖縄の100%マンゴージュースに軍配が上がることは、認めます(笑)。
でも、健康食品だと思えば、青汁を飲むより、断然楽なのでは〜?
見た目よりは飲み易いですよ。疲れた時なんかには、お薦めです。


他に、アサイードリンクはタリーズでも飲めます。
みなさんもぜひ一度、試してみてください。

さて、
店頭から消えてしまわないうちに、また買いに行かなくちゃ!

2008年04月04日

練習嫌い

20080404.jpg「練習が嫌いなんです。本番が大好きなんですよ〜」
というアーティストに会う度に、不思議に思っていました。
なぜなら、そういう人に限って、とても良い演奏をするからです。

本番よりも練習大好き!な私としては、

  練習が嫌いでも、上手くなれるんだ〜
  やっぱり、ステージが楽しめるような人じゃないと、
  良いパフォーマーにはなれないんだなぁ。。

と理解していたのですが、最近、それが大きな誤解であると気が付きました。


実は、「練習が嫌い」という人の練習量は、
「練習が大好き」な私よりもきっと多いのです!!


だって、どう考えてもおかしいですよね。
楽器演奏や歌は、練習が嫌いな人が、日々ダラダラとトレーニングしているような状態で「ものすごく上手にできるようになる」ほど簡単なことではありません。
ということは、「嫌いになるほど練習をしている」ということなのでは?!
そして、だからこそ本番を楽しめるのでは?!

よく考えれば、彼らは
「練習しない」とは言ってない(笑)。
「しない」と「嫌い」は大きな違いです。


そりゃあーもちろん、今は毎日そんなには練習しないにしても、彼らには、相当死にものぐるいで頑張った時があったはずです。
私の読み通り、彼らとよくよく話をしていると、だいたい過去に少なくとも平均3〜4年、集中して猛特訓している期間があります。
3〜4年猛特訓(ここがポイント。気ままに何となくは意味なし)、そのまま10年精進してやっとモノになってくる...という感じでしょうか。
ジョアンだって、今でも「イパネマの娘」を練習しているそうですから(笑)。


こうやってトップに上った人たちにとっては、練習期間は苦痛ではなく、その過程を楽しみながらやっていることなので「苦労」であるとは思わないし、逃げずに粘って頑張れてしまう、あっという間の日々なのでしょう。
そして「もう駄目、これ以上はイヤだ〜っ!」という限界に来た頃に、何かを掴めるのでしょう。
ご本人たちにとって見れば、特訓した事実はもう過去のことで、今は、最終的な「もう練習はしたくない」という感情しか存在しない。だから
「どうやったらそんなに上手になれるんですか?
 毎日どのくらい練習しているんですか?」
と聞かれて、
「私(俺)、練習が嫌いで...」
と答える。
...こう考えたら、今までの謎が解けました。

スポーツなら、皆さん「練習が大事」と認識するけれど、芸術は感性だから、練習なんてあまり必要ないと思われる人も多いようですが、そんなことはありません。
以前、イラストレーターの方にも
「昔、吐くまでデッサンの練習した」
と聞いたことがあって、「絵は生まれつきの才能」と思い込んでいた私はビックリしたのを覚えています。
特に、基礎練習はするとしないは、その後の伸びが全然違うのはよくわかるので、
嫌いになるまで... 本当に文字どおり「吐く」まで基礎をトレーニングするのは、体が覚えるために必要なのでしょう。

練習大好きで上手な人もいるので、それが当たり前かと思っていましたが、
そうじゃないパターンも、けっこうありますよ。
上手な人の「練習嫌い宣言」に、騙されてはいけません〜!

「練習が好き」なんて言っているようではダメなんだわ。。と思いつつも、
楽しめているだけ、とりあえずは合格か?と思い直す私。
まだ当分は、大好きでしょうね(苦笑)。
出来ないことはまだまだたくさんあるし、それができるようになるのは、嬉しい!楽しい!


そういう期間を経て、
「私、練習が嫌いなんですよ」
と、いつか言えるようにないたいものです。


2008年03月31日

桜、満喫

20080401.jpg多摩川へ家族で花見に行ってきました。
土手沿いに植えられた桜は、噂には聞いてはいたけれど、見事な大物ばかり!
ここの桜は、両脇が遊歩道と土手になっていて、この土手の段差エリアが、絶好のお花見ポイントなのです。
座ると、ちょうど目の前に桜。
木の下に陣取って見上げながらの花見とはひと味違って、桜と相対してじっくり花を観られるのも、オツなものです。

それにしても、よくぞここまで人が集まった...と思うほどのすごい人です。
かくいう我が家も、妹が朝からブルーシートで場所取りを、
両親が開店前から高島屋に並んで京都「菊の井」の予約制弁当を、
私が開店同時に自由が丘「ケミュ」の贅沢プリンと「蜂の家」のいちご大福を調達するという気合いの入れよう(笑)。
見事な役割分担で、久々の本格花見を満喫できました。

この日はあいにくの曇り空でしたが、午後からの雨にも降られず、うまくお開きとなりました。
でも、やっぱりこの時期はちょっと花冷えしますね。
来年は七輪でも持っていこうかな??

2008年03月20日

入院騒動

20080214.jpgそれは、突然のことでした。
前日は夜中の0:00まで仕事をするほど元気一杯だったのですから、未来というのはわからないものです。

寝る時に何となくお腹が張るような? いつもより胃が重い? とは思いながらも、夕食を食べ過ぎたのかもぐらいに軽く考えて、念のため胃薬を飲んで就寝したのですが...

お腹の張りはまったく収まりませんでした。
それどころか時間が経つにつれ、お腹が痛い。そしてなんだか気持ちが悪い。
呻くほどの痛みではないにせよ、まっすぐ上を向いて寝ることができません。
横を向いて海老のように丸まっていると少し楽かも...
でもなんだろう?? この身体のだるさは?
熱が徐々に上がってくるような背中の鈍痛に、

  風邪でもひいたかな?

と、おでこを触ってみても、熱くはありません。
とにかく、身体中がなんともいえないイヤ〜な感じなのです。
あっちを向いたりこっちを向いたり、ごろごろ寝返りを打ちながら眠ろうとしますが、眠れない。

  うーん、困った。。

翌日(厳密にはもう0:00時を廻っているので、当日ですが)は昼の12:00からボサノバのレッスンが入っていました。
ふと時計を見ると、すでに4:00。
「とりあえず水でも飲もうか」と思い、起き上ってキッチンへ。
しかし動いたことで、何とかバランスを取っていた体調が一気に悪化したのでしょう。
コップの水を少し飲むと、あろうことか気持ちの悪さが倍増! 急に吐き気に教われました。
それでも私の場合、もともと吐き気はあっても実際に「吐く」ということは稀なので、この時も

  たぶん、前に吐いたのは10年くらい昔かな??
  吐けないのもつらいよなぁ。かえって吐いてしまえたら楽になるのになぁ

などと思いながら、吐き気と闘っていました。
しかし、今回は様子が違うようでした。
結局は嘔吐し、トイレの壁にもたれながら

 これはまずい。本当に体調が悪いらしい。

と思いました。
それでも、それを認めたくなかった私は「吐いたからこれで収まるかも」とか、「ちょっと眠れば回復するかも」などと考えていました。


よろよろとソファに倒れこみ、背もたれに背中を押し付けると、背中のいやな感じが和らぎました。

 えーい、このまま眠ってしまえ!

と念じるも、刻一刻と悪くなる体調。
だんだんと夜が明け、結局は一睡もできずに朝になってしまったのです。


===============
お腹の中は完全に休業状態になっているようで、ウンともスンとも言いません。
昔、絵本で読んだ「7匹の小山羊」の話の中で、最後に小山羊たちを食べた狼が、小山羊の代わりにお腹に石を入れられて、川へ水を飲みに行ってバランスを崩し、川に落っこちるシーンが頭をよぎりました。
私のお腹も、まるで大きな石を入れられたようにドーンと重く、歩くにも、まっすぐ背筋を伸ばせないのです。


水を飲むと嘔吐してしまうので水分補給ができず、さすがにこれはもう「今日はレッスンはできないだろう」と思いました。
仕方がないので、寝ながら生徒さんたちに「お休みさせてほしい」と携帯メールを打ち、さて、どこの病院へ行こうか?と考えました。
幸い、ここ5〜6年は風邪らしいものを引いていないので、近所の内科には予防接種でしか行った事がなく、あまり当てがありません。
とりあえずは、その予防接種を受けた比較的大きめの開業医の電話番号を探しだし、受付時間を聞こうと電話をしてみると、受話器の向こうからはテープの非情な録音音声が流れてきました。

「本日、木曜日は休診日となっております。当医院の診療時間は〜〜」

なんてこった! こういう時に限って休みなんて。
あとは、近所にはもう1件しか内科がありません。
でも、ここはあまり評判が良くなくて、行くのはちょっとためらわれました。
そうなると、残るは大学病院か、市立病院でした。規模が大きくなってしまうけど、仕方ありません。どっちも混んでるし、内科にはかかったことがない。。
さて、どうしよう? どっちにしよう?


開業医にせよ、大規模病院にせよ、どちらも家からはアクセスの悪い場所にあり、歩いてはいけません。だからといって電車では、ものすごい遠回り。
吐かずにタクシーに乗っていられるかも、あまり自信がなかったので、考えた末「近い方」ということで市立病院へ行くことにしました。
電話をしてみると、初診は11時まで受け付けているとのこと。
これで点滴でもしてもらえば良くなるだろうと思い、ひとまずはホッとしました。
脱水が激しくなると、血圧が下がってしまって立ち上がることもつらくなり、1人では病院に行けなくなります。
救急車を呼ぶのは避けたいし、なんとか頑張って早く病院へ行かないと!!


動くと吐き気が襲ってくるので、吐き気が収まった瞬間にばばっと動いて、またジーッとしての繰り返し... 
まるで敵地に忍び込む忍者のようだと、自分でもおかしくなるほど、準備にはえらく時間がかかりました。

 頑張れ、頑張れ、病院へ行くまでの辛抱だから!

と自分に喝を入れ、気合いで玄関まで行き、携帯でタクシーを呼びました。
吐き気が収まった隙に家を出て、やっとタクシーに乗ったのです。


===============
病院は、車で10分くらいの場所にあります。
車内で吐いては申し訳ないと、一応ビニール袋を持参しましたが、車に乗っている間は窓からの風景に気が紛れたのか、大丈夫でした。

元気な時には気にもしなかったけれど、大きな病院ほど書くものがたくさんあって、矢継ぎ早に色んなことを言われます。
あれを書いて、これを出して、ここで待って、その後でこれをそっちに出してからあっちへ行って、やれ血圧を計って来い、やれ体温を計ってこっちへその用紙を出して、向こうで待って...って、具合が悪いから病院に来てるんですけど!
患者自体が動かなければならないことが何と多い事でしょうか。

朦朧となっていた私は「はいはい」と聞いたものの、途中でどうするかわからなくなり、用紙を握りしめて
「あのー、これ出してから待つんでしたっけ、出さないで待つんでしたっけ?」
と受付に聞きに行ってしまいました。


なんとか一通り済ませて、吹雪に吹かれて丸まっているフクロウみたいに待合い室の椅子にうずくまって待っていると、5分もしないうちに看護婦さんがやって来ました。
「お腹は今も痛いですか? 気持ち悪いですか?」
この時、熱は38度くらいでした。
私は平熱が高いので、そんなにつらい訳でもないのですが、活動していないのに38度は、さすがにちょっと大丈夫ではありませんでした。
「座っているのと、横になっているのと、どちらが楽ですか?」
看護婦さんにこう聞かれて、私は思わず
「そりゃあー、横になった方が楽です」
と間髪を入れずに答えてしまいました。すると、
「では、こちらへどうぞ」
と、すぐに処置室のベットへ案内してくれたのです。


ありがたや...
小さなベットでも、横になれれば、だいぶ違います。
やはり真上を向いては寝られないので、横向きになってジーッとしていると、20〜30分後に医師がベットまで診察に来てくれました。

「どうですか? お腹痛いですか? 吐き気はまだありますか?」
とたずねられ、
「前に急性腸炎をやったことがあるんですけど、それに似たような痛みと症状で...」
と言いかけると、医師はあっさりと
「今回も、それですね。急性胃腸炎でしょう。」
と言いました。
当てちゃいました、私。と思っていると、
「これはもう、入院ですね」。

ええっ、入院なんて大袈裟では...と思いながら
「入院って、2〜3日で帰れますか?」
と聞くと、医師は笑って
「2〜3日じゃまだ絶食している期間ですよ。
 その後、少しずつ食事を戻してから退院ですから、1〜2週間です」
と言うのです。
1週間も入院するなんて... これは困ったことになりました。
たまたま3つの仕事の締切りが週末に重なっていて、今日は木曜日。
「ちょっと待ってください...」
と、寝ながら枕元のバックの中からスケジュール帳をズルズルと取り出して予定を確認するに...
すべて今から断るのは、ツラいものがありました。

往生際が悪い私は、
「仕事があって... 一度家に帰ってちょっと片付けてからまた入院しに来るとか...」
と言うと、
「帰れるくらいなら、入院しなくても済みますよ」。
まだ決心がつかず、
「点滴しながら、考えていいですか?」
と言うと、医師はきっぱりと、
「点滴1本くらいじゃ、良くなりませんよ」。

...わかりました。
そして、そのまま入院になったのです。

===============
検査のためのレントゲン撮影をしてから車椅子に乗せられて病室へ上がると、最上階角の4人部屋が私の部屋でした。
処置室のベットより大きなベットへ移り、看護婦さんがカーテンを閉めて立ち去る足音を聞きながら、私は大きな安堵感に包まれました。

  あぁ、これでもう具合が悪くなっても大丈夫!

...って、もう充分に具合が悪いんだけど(笑)、気合いでなんとかせにゃーというのが必要なくなって、心の底からホッしたのです。
自分ではそんなことを思っているとは露ほども感じていなかったのに、実際には「1人でいる時に、ものすごーく体調が悪くなったらどうしよう」という不安は、とても大きかったようです。
そしてその後、昨夜から初めて1時間ほど眠ることができたのでした。


夕方、入院の知らせメールを受取った母が、入院一式セットを持って病院へやって来ました。
私は、点滴のおかげで吐き気は収まっていましたが、お腹は相変わらず痛く、点滴のスタンドにすがって歩くような状態。
パジャマに着替えると、より一層病人らしくなりました。
お腹の痛みは胃腸の炎症による収縮だそうで、ずーっと胃腸を誰かに握りしめられているような感じが続いています。
「お腹の痛みが強くなったら、痛み止めを追加しますから、我慢しないで言ってくださいね」
と医師にも看護婦さんに何度も言われていたので、

  何でそんなに言うんだろう? このくらいなら我慢できるのに!

と思っていたら、とんでもない。
家族が帰り、夜になるにつれて一層激しくなってきました。
あまりの痛みに背中まで痛くなってきたので、これはもう駄目だと観念。
こういう事だったんですね。
こんなに痛くなることを、さすがに医者はわかってたんだ...
痛み止めの点滴を追加してもらうと、かなり強い薬らしく、あっという間に痛みは楽になり、数分後に看護婦さんが私の様子を見に来た時には、私はすでに眠ってしまっていました。
この時も「あぁ、入院していて良かった」とつくづく思ったのでした。

==========
翌日は、だいぶお腹の痛みも収まって、自分としてはかなり元気になったような気がしました。
すると、やりかけの仕事が気になって、それを何とかしてからゆっくりしようと思い、家族に家から持ってきてもらった訳し途中の翻訳をなんとか仕上げ、とりあえずお休みできるものは連絡をして... 
さすがにパソコンは持ち込めないので携帯と電話とFAXで何とか先方に連絡をつけて、やっと一安心できました。
昔は入院しながらも仕事のことを気にするなんて、忙しぶってるようで
「そんなことをしてるから、良くならないんだ」
なんて思っていましたが、その本人が、この有り様です。
案外、自分のことは自分ではわからないものです。


1本、2本、3本...
最初は数えていた点滴の本数も、途中からわからなくなりました。
急性胃腸炎は、基本的に補液の点滴と安静が治療(痛み止め以外の薬の処方はしない)なので、結局は24時間の点滴をして、おとなしくしているしかありません。
お腹はぜんぜんすかなかったので、3日間の絶食はさほどつらくなく、意外にも、ベットでボーッとしていることも、それほど苦ではありませんでした。
結局、9日間の入院中、「あぁ、暇だぁ〜」と思ったのは最後の1日くらいでした。


思えば、最近ちょっと忙しく(しているのは自分ですが)、

   あぁ、冬眠したい...

と、思うことがしばしばありました。
現実逃避の夢が現実になった今、仕事はおろか家事も雑事も何にもしないで、ただ寝ているなんてことは、私の一生の中で、もしかしたら初めてかもしれない、と思いました。
でも、やっぱり人と関わって、外の世界と接していた方が楽しいよなぁ...
買い物したり、美味しい物を食べたり、友達とおしゃべりしたり、ギター弾いたり、歌ったり。
特別なことをしていなくても、生きている毎日というのは、充分に意義のある証を積み重ねる作業なのですね。


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写真は、入院中に家族に頼んで持ってきてもらったカメラで撮りました。
病院という非日常の世界には、魅力ある被写体がたくさんあって、ウズウズしてしまうくらいなのですよ!
本当は、点滴の調整をしている部分に雫が落ちる瞬間を撮りたかったのですが、いざやってみると、右手に点滴の針が刺さっているので、カメラを構えると管がゆ〜らゆ〜らと揺れてしまって、撮れないということがわかりました。
せっかくなので、他にも色々と撮ろうと思い、
「カメラを置いていって欲しい」と懇願しましたが、
「病人のくせに」と、さっさと取り上げられました。
何事も体が資本、ですね。

2008年03月09日

春めいて

20080309.jpg春といえば、5年前から毎年行っているボサノバの発表会。
今年は5月末に予定しています。
ようやく全員の曲目も決まり、私は譜面作りに追われる日々ですが、どうせ花粉のせいで外にあまり出られない3月は、仕事がはかどります(笑)。

歌う曲は、生徒さんの希望を聞いて、相談しながら決めています。
すると面白いことに、毎年「人気が集中する曲」があるのです。
昨年は「Vou te contar」、今年は「Minha saudade」と「Palpite Infeliz」。
今までにレッスンした曲ではなく、新たに発表会用にこれからレッスンする曲なのに?
全員個人レッスンなので、生徒さん同士が話したり相談したりすることはないはずなのに?
しかも今年の2曲は、一般的に誰もが知っているような「イパネマ」のようなとても有名な曲でもないのに?
不思議なものですね。

さて写真は、伊豆の美術館のお土産でもらったトンボ玉。
蓮が大好きなので、蓮モチーフの品には弱い私です。
お気に入りの1つで、春の光を撮りました。

2008年03月07日

野田琺瑯

20080307.jpg近くに行くと必ず立寄るキッチン雑貨の店で、偶然目にしたのが野田琺瑯(ほうろう)の保存容器「ホワイトシリーズ」でした。
その美しい白に惹かれて手にしてみると、丸みを帯びた優しい形の手触りに何とも言えない感覚を覚え、特に保存容器が欲しかった訳ではないのに、サイズ違いの物を2つ購入してしまいました。
まさに、一目惚れです。

実際に食品を入れてみると、シール蓋の密閉性は高く、他ににおい移りすることもなく、中の食材も渇きにくく、使い勝手も文句無し!
そして、とにかく綺麗。
たかが容器に、うっとりしてしまうのです。
冷蔵庫の中で鎮座する容器を見るだけで笑みがこぼれてしまう...
いえいえ、これ、私だけではないんですよ。
ネットで検索すると、私と同じような人たちがたくさんいたので、安心したくらいです(笑)。

今まで知りませんでしたが、そんな素敵な物を作ってしまう野田琺瑯という会社は、キッチン用品業界ではとても有名な会社でした。
ここの製品は、そんじょそこらの安っぽい琺瑯ではありません。
もともと私は琺瑯が好きで、計量カップや鍋やバットなど、色々持ってはいるのですが、ちょっと箸やスプーンがあたっただけで傷になってしまうので、
「見た目は可愛いけど、やっぱり使いにくいな〜」
と思っていたのですが、それは大きな間違いでした。

...とういことで買い足しが続き、我が家の「ホワイトシリーズ」は、あっという間に4つになりました。
1つは梅干し専用。
赤と白のコントラストに、今日も見とれる私です。

野田琺瑯
http://www.nodahoro.com/


2008年02月10日

St. Valentine's Day

20080210.jpgバレンタインデーのチョコレートは、買うものと決めています。
手作りなどをした頃もありましたが、東京に居ながらにして、世界中の有名ショコラティエの作品を堪能できるせっかくの機会を逃すなんてもったいない! 東京には、有名店の店鋪が普段もありますが、あちこちに買いに出かけなくても同じフロアに一同勢揃いするなんて、チョコレート好きには夢のよう..ということで、この時期は存分に楽しませてもらっています。
ここ最近は、男性に贈る分よりも、女性が自分用に買うチョコレートの方が予算が多いそうですが、確かにそうかも(笑)。
私は贈りながら自分も一緒に食べているので、自分のなのか?彼のなのか?区別なしです。

さて、今年は3種類を購入しました。
1つめは、昨年行ったベルギーで、力尽きてたどり着けなかったピエール・マルコリーニ(写真)。
銀座のカフェもいつも長蛇の列で、一度パフェも食べてみたいと思いながらも、なかなか叶わず、まずはチョコレートを購入しました。

2つめは、フランスのラ・メゾン・デュ・ショコラ。
なぜか箱が大変お高いお店で、何度も表参道店を覗きながらも手が出せなかったチョコレートです。今回お店で話を聞いてみたら、袋包装でバラ買いもできるし、無料の箱もあるとのこと。
なのでバラ&無料箱で買ってみましたが、ぜんぜんこれで充分満足なラッピングでしたよ。
あんな立派な箱なんて、いらない、いらない!

そして3つめは北海道のロイズの生チョコ。
本当はシャンパン味が食べたかったのだけど、期間限定商品に替わられてしまっていて、仕方なくその限定品レミーマルタンを購入。レミーマルタンも好きだから、まぁいいんですけどね。
上記2つに比べると、かなりお手ごろな価格に思えてしまいますが、味は負けずにしっかりしています。

そして...今回はピエール・マルコリーニに軍配が上がりました。
ここのチョコレート、本当に美味しいです!
もちろん、ラ・メゾン・デュ・ショコラも甲乙付け難いほど美味しいので、このレベルになってくると個人の好みの問題ですが、ピエール・マルコリーニは、クリーミーさと、カカオと、甘さのバランスが絶妙。人気があるだけのことはあるんだなぁと実感。
これはアイスクリームにも大いに期待が持てそうです。やっぱり、並んででもパフェを食べに行かなくては〜!
ラ・メゾン・デュ・ショコラは、同じくフランスのジャン・ポール・エバンと似た感じなので、ビターチョコのプラリネに目が無い方は、こっちの方がお好きかもしれません。


と、なんだかんだと言っても、普段はロッテの冬期限定ラムレーズンチョコレート「ラミー」が大好きな私。
冷蔵庫には欠かしません。
これ、昔は夏でも売っていたんですけどね。冬だけと言われると、メーカーの思うツボで、集中して食べてしまいます。
ハーゲンダッツ・アイスクリームのラムレーズンも冬期限定なので、同じツボにはまります。


まだ14日まで日があるし、あと数種類は宝石ショコラが堪能できるかも。。。

2008年02月01日

呪縛からの解放。

20080201.jpg2月は私の誕生日月です。
そして今年は、運転免許証の更新年でもありました。
しかし、私はそれをすっかり忘れていたのです。

幸運にも思い出せたのは、同じクールで更新の妹が、年明けに「免許更新に行く」と言ったからでした。
自分はてっきり来年くらいだったかなと思いながらも、念のため期限を確認したところ...

   えっ 平成20年って、今年のこと??


...あやうく失効するところでした(汗)。

通常は「更新のお知らせ」のハガキが届きますよね。
でも、私は転居をしていて、しかも引越しをしてから住所変更をしなきゃしなきゃと思いながら、なかなか行けずに早3年が経ち...
郵便転送期間もとっくに過ぎているので、当然ハガキが来るはずもなく。


また忘れないうちにということで、さっそく先日、更新に行ってきました。
ちなみに今回は、ちょっとたくらんでいることもありました。

それは、運転条件に付いている「眼鏡」を無くしてもらうこと。
私は普段、裸眼で生活していてぜんぜん困らないのに、車の運転の時にはかけることになっているのです。
こんな変な言い方になったのは、以前の更新(5年前)の後に、急に視力が回復したからで、
(詳細を知りたい方は、以前のエッセイから「ブラジル療法」をご覧くださいませ。
http://www.NetLaputa.ne.jp/~akiko/myvoice.html)
実は今は眼鏡がなくても運転に支障はないのです。

しかし、一度目が悪くなった時についてしまった運転条件は、更新のタイミングでしか変更してもらえません。
まぁ普通は、目が悪くなってから回復するというのもあまりないでしょうから、しょうがないですけど...
ということで、今はしっかりと記載されている「条件;眼鏡」の効力には抗えず、仕方が