それは、突然のことでした。
前日は夜中の0:00まで仕事をするほど元気一杯だったのですから、未来というのはわからないものです。
寝る時に何となくお腹が張るような? いつもより胃が重い? とは思いながらも、夕食を食べ過ぎたのかもぐらいに軽く考えて、念のため胃薬を飲んで就寝したのですが...
お腹の張りはまったく収まりませんでした。
それどころか時間が経つにつれ、お腹が痛い。そしてなんだか気持ちが悪い。
呻くほどの痛みではないにせよ、まっすぐ上を向いて寝ることができません。
横を向いて海老のように丸まっていると少し楽かも...
でもなんだろう?? この身体のだるさは?
熱が徐々に上がってくるような背中の鈍痛に、
風邪でもひいたかな?
と、おでこを触ってみても、熱くはありません。
とにかく、身体中がなんともいえないイヤ〜な感じなのです。
あっちを向いたりこっちを向いたり、ごろごろ寝返りを打ちながら眠ろうとしますが、眠れない。
うーん、困った。。
翌日(厳密にはもう0:00時を廻っているので、当日ですが)は昼の12:00からボサノバのレッスンが入っていました。
ふと時計を見ると、すでに4:00。
「とりあえず水でも飲もうか」と思い、起き上ってキッチンへ。
しかし動いたことで、何とかバランスを取っていた体調が一気に悪化したのでしょう。
コップの水を少し飲むと、あろうことか気持ちの悪さが倍増! 急に吐き気に教われました。
それでも私の場合、もともと吐き気はあっても実際に「吐く」ということは稀なので、この時も
たぶん、前に吐いたのは10年くらい昔かな??
吐けないのもつらいよなぁ。かえって吐いてしまえたら楽になるのになぁ
などと思いながら、吐き気と闘っていました。
しかし、今回は様子が違うようでした。
結局は嘔吐し、トイレの壁にもたれながら
これはまずい。本当に体調が悪いらしい。
と思いました。
それでも、それを認めたくなかった私は「吐いたからこれで収まるかも」とか、「ちょっと眠れば回復するかも」などと考えていました。
よろよろとソファに倒れこみ、背もたれに背中を押し付けると、背中のいやな感じが和らぎました。
えーい、このまま眠ってしまえ!
と念じるも、刻一刻と悪くなる体調。
だんだんと夜が明け、結局は一睡もできずに朝になってしまったのです。
===============
お腹の中は完全に休業状態になっているようで、ウンともスンとも言いません。
昔、絵本で読んだ「7匹の小山羊」の話の中で、最後に小山羊たちを食べた狼が、小山羊の代わりにお腹に石を入れられて、川へ水を飲みに行ってバランスを崩し、川に落っこちるシーンが頭をよぎりました。
私のお腹も、まるで大きな石を入れられたようにドーンと重く、歩くにも、まっすぐ背筋を伸ばせないのです。
水を飲むと嘔吐してしまうので水分補給ができず、さすがにこれはもう「今日はレッスンはできないだろう」と思いました。
仕方がないので、寝ながら生徒さんたちに「お休みさせてほしい」と携帯メールを打ち、さて、どこの病院へ行こうか?と考えました。
幸い、ここ5〜6年は風邪らしいものを引いていないので、近所の内科には予防接種でしか行った事がなく、あまり当てがありません。
とりあえずは、その予防接種を受けた比較的大きめの開業医の電話番号を探しだし、受付時間を聞こうと電話をしてみると、受話器の向こうからはテープの非情な録音音声が流れてきました。
「本日、木曜日は休診日となっております。当医院の診療時間は〜〜」
なんてこった! こういう時に限って休みなんて。
あとは、近所にはもう1件しか内科がありません。
でも、ここはあまり評判が良くなくて、行くのはちょっとためらわれました。
そうなると、残るは大学病院か、市立病院でした。規模が大きくなってしまうけど、仕方ありません。どっちも混んでるし、内科にはかかったことがない。。
さて、どうしよう? どっちにしよう?
開業医にせよ、大規模病院にせよ、どちらも家からはアクセスの悪い場所にあり、歩いてはいけません。だからといって電車では、ものすごい遠回り。
吐かずにタクシーに乗っていられるかも、あまり自信がなかったので、考えた末「近い方」ということで市立病院へ行くことにしました。
電話をしてみると、初診は11時まで受け付けているとのこと。
これで点滴でもしてもらえば良くなるだろうと思い、ひとまずはホッとしました。
脱水が激しくなると、血圧が下がってしまって立ち上がることもつらくなり、1人では病院に行けなくなります。
救急車を呼ぶのは避けたいし、なんとか頑張って早く病院へ行かないと!!
動くと吐き気が襲ってくるので、吐き気が収まった瞬間にばばっと動いて、またジーッとしての繰り返し...
まるで敵地に忍び込む忍者のようだと、自分でもおかしくなるほど、準備にはえらく時間がかかりました。
頑張れ、頑張れ、病院へ行くまでの辛抱だから!
と自分に喝を入れ、気合いで玄関まで行き、携帯でタクシーを呼びました。
吐き気が収まった隙に家を出て、やっとタクシーに乗ったのです。
===============
病院は、車で10分くらいの場所にあります。
車内で吐いては申し訳ないと、一応ビニール袋を持参しましたが、車に乗っている間は窓からの風景に気が紛れたのか、大丈夫でした。
元気な時には気にもしなかったけれど、大きな病院ほど書くものがたくさんあって、矢継ぎ早に色んなことを言われます。
あれを書いて、これを出して、ここで待って、その後でこれをそっちに出してからあっちへ行って、やれ血圧を計って来い、やれ体温を計ってこっちへその用紙を出して、向こうで待って...って、具合が悪いから病院に来てるんですけど!
患者自体が動かなければならないことが何と多い事でしょうか。
朦朧となっていた私は「はいはい」と聞いたものの、途中でどうするかわからなくなり、用紙を握りしめて
「あのー、これ出してから待つんでしたっけ、出さないで待つんでしたっけ?」
と受付に聞きに行ってしまいました。
なんとか一通り済ませて、吹雪に吹かれて丸まっているフクロウみたいに待合い室の椅子にうずくまって待っていると、5分もしないうちに看護婦さんがやって来ました。
「お腹は今も痛いですか? 気持ち悪いですか?」
この時、熱は38度くらいでした。
私は平熱が高いので、そんなにつらい訳でもないのですが、活動していないのに38度は、さすがにちょっと大丈夫ではありませんでした。
「座っているのと、横になっているのと、どちらが楽ですか?」
看護婦さんにこう聞かれて、私は思わず
「そりゃあー、横になった方が楽です」
と間髪を入れずに答えてしまいました。すると、
「では、こちらへどうぞ」
と、すぐに処置室のベットへ案内してくれたのです。
ありがたや...
小さなベットでも、横になれれば、だいぶ違います。
やはり真上を向いては寝られないので、横向きになってジーッとしていると、20〜30分後に医師がベットまで診察に来てくれました。
「どうですか? お腹痛いですか? 吐き気はまだありますか?」
とたずねられ、
「前に急性腸炎をやったことがあるんですけど、それに似たような痛みと症状で...」
と言いかけると、医師はあっさりと
「今回も、それですね。急性胃腸炎でしょう。」
と言いました。
当てちゃいました、私。と思っていると、
「これはもう、入院ですね」。
ええっ、入院なんて大袈裟では...と思いながら
「入院って、2〜3日で帰れますか?」
と聞くと、医師は笑って
「2〜3日じゃまだ絶食している期間ですよ。
その後、少しずつ食事を戻してから退院ですから、1〜2週間です」
と言うのです。
1週間も入院するなんて... これは困ったことになりました。
たまたま3つの仕事の締切りが週末に重なっていて、今日は木曜日。
「ちょっと待ってください...」
と、寝ながら枕元のバックの中からスケジュール帳をズルズルと取り出して予定を確認するに...
すべて今から断るのは、ツラいものがありました。
往生際が悪い私は、
「仕事があって... 一度家に帰ってちょっと片付けてからまた入院しに来るとか...」
と言うと、
「帰れるくらいなら、入院しなくても済みますよ」。
まだ決心がつかず、
「点滴しながら、考えていいですか?」
と言うと、医師はきっぱりと、
「点滴1本くらいじゃ、良くなりませんよ」。
...わかりました。
そして、そのまま入院になったのです。
===============
検査のためのレントゲン撮影をしてから車椅子に乗せられて病室へ上がると、最上階角の4人部屋が私の部屋でした。
処置室のベットより大きなベットへ移り、看護婦さんがカーテンを閉めて立ち去る足音を聞きながら、私は大きな安堵感に包まれました。
あぁ、これでもう具合が悪くなっても大丈夫!
...って、もう充分に具合が悪いんだけど(笑)、気合いでなんとかせにゃーというのが必要なくなって、心の底からホッしたのです。
自分ではそんなことを思っているとは露ほども感じていなかったのに、実際には「1人でいる時に、ものすごーく体調が悪くなったらどうしよう」という不安は、とても大きかったようです。
そしてその後、昨夜から初めて1時間ほど眠ることができたのでした。
夕方、入院の知らせメールを受取った母が、入院一式セットを持って病院へやって来ました。
私は、点滴のおかげで吐き気は収まっていましたが、お腹は相変わらず痛く、点滴のスタンドにすがって歩くような状態。
パジャマに着替えると、より一層病人らしくなりました。
お腹の痛みは胃腸の炎症による収縮だそうで、ずーっと胃腸を誰かに握りしめられているような感じが続いています。
「お腹の痛みが強くなったら、痛み止めを追加しますから、我慢しないで言ってくださいね」
と医師にも看護婦さんに何度も言われていたので、
何でそんなに言うんだろう? このくらいなら我慢できるのに!
と思っていたら、とんでもない。
家族が帰り、夜になるにつれて一層激しくなってきました。
あまりの痛みに背中まで痛くなってきたので、これはもう駄目だと観念。
こういう事だったんですね。
こんなに痛くなることを、さすがに医者はわかってたんだ...
痛み止めの点滴を追加してもらうと、かなり強い薬らしく、あっという間に痛みは楽になり、数分後に看護婦さんが私の様子を見に来た時には、私はすでに眠ってしまっていました。
この時も「あぁ、入院していて良かった」とつくづく思ったのでした。
==========
翌日は、だいぶお腹の痛みも収まって、自分としてはかなり元気になったような気がしました。
すると、やりかけの仕事が気になって、それを何とかしてからゆっくりしようと思い、家族に家から持ってきてもらった訳し途中の翻訳をなんとか仕上げ、とりあえずお休みできるものは連絡をして...
さすがにパソコンは持ち込めないので携帯と電話とFAXで何とか先方に連絡をつけて、やっと一安心できました。
昔は入院しながらも仕事のことを気にするなんて、忙しぶってるようで
「そんなことをしてるから、良くならないんだ」
なんて思っていましたが、その本人が、この有り様です。
案外、自分のことは自分ではわからないものです。
1本、2本、3本...
最初は数えていた点滴の本数も、途中からわからなくなりました。
急性胃腸炎は、基本的に補液の点滴と安静が治療(痛み止め以外の薬の処方はしない)なので、結局は24時間の点滴をして、おとなしくしているしかありません。
お腹はぜんぜんすかなかったので、3日間の絶食はさほどつらくなく、意外にも、ベットでボーッとしていることも、それほど苦ではありませんでした。
結局、9日間の入院中、「あぁ、暇だぁ〜」と思ったのは最後の1日くらいでした。
思えば、最近ちょっと忙しく(しているのは自分ですが)、
あぁ、冬眠したい...
と、思うことがしばしばありました。
現実逃避の夢が現実になった今、仕事はおろか家事も雑事も何にもしないで、ただ寝ているなんてことは、私の一生の中で、もしかしたら初めてかもしれない、と思いました。
でも、やっぱり人と関わって、外の世界と接していた方が楽しいよなぁ...
買い物したり、美味しい物を食べたり、友達とおしゃべりしたり、ギター弾いたり、歌ったり。
特別なことをしていなくても、生きている毎日というのは、充分に意義のある証を積み重ねる作業なのですね。
===============
写真は、入院中に家族に頼んで持ってきてもらったカメラで撮りました。
病院という非日常の世界には、魅力ある被写体がたくさんあって、ウズウズしてしまうくらいなのですよ!
本当は、点滴の調整をしている部分に雫が落ちる瞬間を撮りたかったのですが、いざやってみると、右手に点滴の針が刺さっているので、カメラを構えると管がゆ〜らゆ〜らと揺れてしまって、撮れないということがわかりました。
せっかくなので、他にも色々と撮ろうと思い、
「カメラを置いていって欲しい」と懇願しましたが、
「病人のくせに」と、さっさと取り上げられました。
何事も体が資本、ですね。